今週のメッセージ

マルコによる福音書14:66 ~72         2018、9、9                『ペトロの裏切り』

先週は、北海道に地震が起こり、大きな被害が起こりました。

その時、Nさんのお嬢さんが札幌のホテルにいて、余震があったりで身動きできなくなり、不安な体験をして、二日前に無事戻れたという事でした。

日本は地震国であるのを痛感し、私たちは何が起ころうとも、イエス様を信じる者として確かな歩みをしなければと思いました。

さて今日は、人の弱さや裏切りをも包み込む、主イエスの深い恵みを知り、その愛と恵みを受けて行きたいと思います。

ペトロはイエスが捕えられた時、他の弟子たちと一緒に逃げ去りました。

けれども大祭司の中庭に居て、何食わぬ顔で焚き火に当たっていたのです。

さすがはペトロ、勇気ある行為と言えるでしょう。

ところが一人の女中にじっと顔を見つめられ、「あなたもあのナザレのイエスと一緒にいた」と言われた途端、慌てて言いました。

「あなたが何の事を行っているのか、私には分からないし、見当もつかない」と。

数時間前イエスが、「あなたは今夜、鶏が二度鳴く前に、3度私を知らないと言う」と言われると、「たとえ、死なねばならなくなっても、あなたの事を、知らないなどとは決して申しません」と強く反論したのです。

ところが、一人の女中の言葉に怯えて、イエスを否定してしまいました。

すると、夜明けを知らせる鶏の鳴き声が響いたのです。

ペトロは庭から逃げようとしました。

すると再び女中が、「この人は、あの人たちの仲間です」と、言ったのです。

彼は必死になって否定しました。

すると居合わせた人々が、「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者たちだ」と言いました。

その途端ペトロは、呪いの言葉さえ口にしながら、「あなたがたの言っているその人を知らない」と誓い始めたのです。

彼は誰に対して、呪ったのでしょう。

「イエスは呪われている。あんな人と私は関係ない」と言ったのです。

すると再び鶏が鳴きました。

彼は「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう」というイエスの言葉を思い出して、激しく泣きだしたのです。

私たちも泣く事があります。

人から受けた冷たい仕打ちや、悲しい出来事、辛い出来事に対して泣く事があります。

しかしペトロが泣いたのは、他の人に対してではありませんでした。

自分自身の不甲斐なさに、泣いたのです。

「主を愛し、従う」と言いながら、自分勝手な、自分中心の人間であるのを知って、泣いたのです。

それまで「自分は誠実で、勇気がある。実行力もある。

人間としては立派である」と自負していました。

けれども愛するイエスを否定し、ついには呪う事までしてしまったのです。

自惚れも誇りも、一切が消えてしまいました。

自分が最低の、どうしようもない人間であるのを知って、泣いたのです。

これがペトロの泣いた理由でした。

ところで他の弟子たちは、その場にいませんでした。

この福音書を書いたマルコも、そこにはいませんでした。

それなのにどうしてこのような出来事を書き記せたのでしょう?

それはペトロ本人が、マルコに事の次第を、ありのままに語ったからではないでしょうか。本来なら、これは大失敗であり、恥ずべき事です。

人が聞いたら眉をひそめて、「何とペトロはだらしない人間なのだ」と非難します。

しかしなぜか、聖書はペトロの大失態を隠さずに、書き記しているのです。

それは私たちも、ペトロと同じ弱さを持っている人間であるのを告げるためではないでしょうか?

私たちもイエスを何度否定し、裏切った事でしょう。

ペトロは三回否定すると、イエスは予告されました。

三という数は、特別な意味が聖書にはあります。

繰り返してという意味があって、何回も何回も否定する。裏切るという事なのです。

ペトロのしたように、私たちも「イエスを知らない」と否定し、裏切ってしまいます。

ペトロは泣きながら、「私はイエス様を捨てた哀れな人間だ。もう終わりだ。

こんな私だから、イエス様から見捨てられる」と思いました。

彼は、かつてイエスが言われた、『人々の前で、私を知らないと言う者は、神の御前で知らないと言われる』(ルカ12:9)という言葉を思い出したのかも知れません。

これは恐ろしい警告です。

しかし、そう教えたにもかかわらず、イエスはペトロや私達の拒絶に対して、「私もその人を知らない」とは決して言わないのです。

なおも、愛し慈しんで下さるのです。

聖書は言います。『神の御心に添うた悲しみは、救いを得させる悔い改めに導く』と。

(Ⅱコリ7:10)

ですから、たとえ裏切っても、過ちを犯しても、それで終りではありません。

神の御心に添う悲しみを、する事なのです。

ペトロは、自分自身を見つめて、激しく泣きました。

自分の弱さと過ち、罪に、泣いたのです。

そして同時に、主の深い愛と導きを感じて泣いたのです。

かつてイエスはペトロに、「あなたは岩である。この岩の上に私は教会を建てよう」と言われました。

それはペトロが立派で、岩のように揺るがない信仰者であるからと言うのではありませんでした。

反対に彼が弱い、自己中心な、欠点だらけの人であるにもかかわらず、イエスが用いられる。

それで教会となる事だったのです。

何が来ても揺るがない「岩」とは、ペトロではなく、イエスの愛と支えにあったのです

イエスの愛がペトロを包みこむ時に、岩のように揺るがない者となります。

という事は、ペトロはその信仰の立派さの故に、主の弟子として輝いたのでは、ありませんでした。

イエスの愛によって、輝かされていたからです。

イエスの愛と救いを日々受ける歩みが、始まったのです。

前にお話したかも知れません。私の大好きなこういう逸話があります。

ペトロはこの後、伝道者としてイエス・キリストの救いを宣べ伝えました。

するとペトロに反感を持つ人たちが、話の途中でコケコッコーと叫んで、邪魔をすると言うのです。

するとペトロは、言いました。

「確かに私はイエス様を裏切った屑のような人間です。

でもそんな私を、主は見捨てずに、受け入れて愛してくださっておられます。

ですから私は喜んで、イエス様の救いと、愛の素晴らしさを語るのです」と。

ペトロの答えを聞いた反対者たちは、救いの素晴らしさを知って、自分の傲慢さを恥じました。

そして、心を入れ替えて、イエスを信じるものとなって行ったと言うのです。

私たちもこのペトロと同じではないでしょうか。

私たちが立派な時も、反対に惨めな時も、主は私たちを受け入れ、愛して下さいます。

裏切り者のペトロや私たちの為に、十字架にかかって下さっておられるのです。

私たちのなすべき事、それは自分を誇るのでなく、救い主イエスを誇る事ではないでしょうか。

最後にペトロがその晩年どのようにして主イエスを証ししたか、教会に伝わる話しがあります。

それを題材にした有名な小説があります。

第一回のノ-ベル文学賞を受けたシェンキヴィッチの「何処へ行く」クオ・ヴォデスです。

そこにこう言われています。

ロ-マ帝国の迫害がひどくなり、クリスチャンは捕えられ、獅子や熊の餌食となりました。

暴君ネロの手がいよいよ指導者のペトロにも迫って来たので、ロ-マの信仰者たちは

ペトロに逃げる事を訴え、いよいよその翌朝早く、ペトロと供の少年が、ローマを離れて、アッピラ街道を歩いていました。

街道には人気がなく、少年と老人の履物の音が、石畳に響いているだけでした。

やがて太陽が上ったのですが、不思議な光景がペトロの目を据えました。

見ると金色の球が空の高みから降りてきて、道の上を転がりました。

ペトロが立ち止まって言いました。「その明るいものが見えるか。こっちへ近付いて来る。」

少年は「何も見えません」と答えました。

暫くしてペトロは叫びました。「誰か人の姿が、太陽の光の中をこっちへ来る。」

少年に見えたのは、遠くで木々が誰かに揺られているように、揺れているだけでした。

少年はペトロを見て驚きました。「先生、どうなさいましたか」。

ペトロの手から杖が地面に落ち、目は動かずに前の方を眺め、口は開いたままで顔には驚きと喜びがありありと見えたのです。

突然ひざまずいて前の方に手を伸ばし、その口から呻き声が出ました。

「おお、我が主よ、イエス様。」

頭を地につけて、誰かの足に口付けしているようでした。

そして静けさの中に忍び泣きに、とぎれるペトロの言葉が響いたのです。

「クオ・ヴォディス、ドミネ」。 主よ、何処に行かれるのですか。

少年には聞こえませんでしたが、ペトロの耳には悲しい声が聞こえました。

「あなたが私の民を捨て去るロ-マに行き、再び十字架につけられるのだ」と。

ペトロは顔を塵に埋めて、身動きも言葉もなく地面に伏していました。

そしてペトロは起き上がって、震える手で杖を挙げて、何も言わずに都の方に向いたのです。

少年はそれを見ながらこだまのように繰り返しました。

「クオ・ヴォディス・ドミネ」。主よ、いずこに行かれるのですか。

ペトロは「ロ-マへ」と答え、来た道を戻って行ったのです。

彼を見送った信者たちは、翌日、帰って来たペトロに驚きました。

ペトロは、ただ喜びと平静に包まれながら「主にお会いした」と答え、福音を求める人々に教え、洗礼を授けたのです。

しかしとうとうペトロにも最後の時が来ました。

彼は捕えられ、十字架にかけられて処刑される事になりました。

その時、彼は「イエス様と同じ十字架では勿体ない。

自分のような者は、逆さの十字架で十分である」と頼んで、頭を下に、足を上にして死んでいったのです。

現在、ペトロが復活のイエスにお会いしたとされるアッピア街道の入り口に、「クオ・ヴォディス・ドミネ教会」という小さな教会が建てられています。

私もあちらに行った時、誰もいない薄暗い教会に入りました。

すると祭壇の横に、大きな絵がかかっていました。

何の絵だろうと目を見据えると、それはペトロが十字架に逆さに貼り付けにされて処刑されている絵でした。

逆さに貼り付けられているので、充血した顔が変形しています。

とても不気味な姿です。

でもその中にも、深い平安と希望のある絵でした。

あの弱い、自己中心的なペトロが変わり、イエス様のために、また人々のために命を捨てて死んでいく姿でした。

それはまさに、自分の力や努力によるのではなく、神の愛と恵みに生かされた人生そのものを表していました。

今日、私たちは迫害の時代に生きてはいません。

でも、私たちもイエスの救いと愛に生きて、信仰の喜びに満ちた歩みが出来るのではないでしょうか。

それでは祈ります。

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